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LGBT、性、人種、人権…今後に感じ思うこと

投稿日:2015年1月15日

LGBT、性、人種…今後に感じ思うこと

近年、LGBT(性的マイノリティ)や男女差別、人種差別に対する理解が急速に進んでいる。それ自体はとても好ましいとは思うのだが…そこでいくつかの懸念が生まれた。そこで感じたことを書いていこうと思う。

LGBT、性、人種

LGBT(性的マイノリティ)や男女差別、人種差別…これらに対する理解は近年急速に進んでいる。

自分ではそんなことはない、とは思っていても無自覚にそれらを伴い、LGBT、異性、他人種の人を傷つけている人が多い、というのが現状だ。

まだまだ、という以前の問題で圧倒的に理解が足りないと思う。

例を挙げると、日本では男尊女卑だ。

もちろんひどい国と比較すれば穏やかだが、欧米諸国と比較すれば歴然だ。

だが、にもかかわらず女尊男卑と比喩されることもあるように、圧倒的に理解が進んでいない。

そんなことはない!という声もあるが、日本は圧倒的に人権後進国、というのが事実だ。

…そして女尊男卑という意見が出るように、一部で本質を忘れて事実として女尊男卑となっている。

これは欧米諸国も含め、圧倒的に理解が進んでいない証明といえる。

日本ではもちろん、世界でもまだ認識が甘いのだ。

…さて、今回生まれた懸念という本題に入ろうと思う。

理解が進むのは問題ないが、その理解を履き違えているのでは?という懸念だ。

例を出すと、ハリウッド映画では男性、女性、黒人、白人、アジア人、同性愛者…メインキャラにそれらが全て含まれる。

「みんな違っていい」という考え方には賛同する点があるが「みんな違うべき」という考え方には同意できない点が多いのだ。

思うこと

例えば例を挙げると、色んな人やものに対する愛者が存在するとする。

それらは一般的に好ましくは無い。

だが、見方を変えればこれは数十年前の現在でいうLGBTの人たちと全く同じだ。

一種の障害(この言い方は好きではないが)ともいえる。

「気持ち悪い」その言葉で断言するのは簡単だが、そうなのだろうか。

「気持ち悪い」ということは当人でもわかっている。

しかし、LGBTの人の多くが異性との恋愛は困難なように、色んな人やものに対する愛者も年相応の異性との恋愛は困難なのだ。

それだけでない、世界には数多くの様々な人がいる。

男性、女性、黒人、白人、アジア人、同性愛者…それだけをメインにするには、中性で悩んでいたり、色んな人やものに対する愛者の人は存在が間違っているということになるのか?

僕はそうは思えない。

反面、色んな人やものに対する愛者の人は実害がある場合がある、というのは間違いない。

だがLGBTは実害がない、といえばそんなことはない。

弾圧されれば過激なことに及ぶだろう。

だがそれは、周りの理解がないから起こることでもある。

そもそも実害…という表現は間違っていると思うんだ。

色んな人やものに対する愛者の人も「自分のこれはダメなんだ」と苦しんでいるのだ。

それに対する理解も「気持ち悪い」と批難され、抑圧されているのだ。

ではどうすればよいのだろうか?

これだけ苦しんでいるのに、存在を許されないのだろうか?

僕は違うと思う。

だから「みんな違っていい」という考えには同意できる点も多いが、「みんな違うべきだ」という考えには同意できない点が多い。

まだまだ今は認識さえできていないだけで、見えていないものが無数にある。

今流行の思想に乗っかる…というのは過去数百年をただ繰り返すだけだ。

一見進化しているように見えるが、その過程で確立していたのに失うものも多い。

歴史を見れば歴然だ。

「こうあるべきだ」というのは、所詮今見えている部分に過ぎない。

なので、僕は断定はあまり好ましく思わないのだ。

…と、ここまで色々と書いてきたが、僕のこの考え自体が根本的に差別、偏見を含んでいるのかもしれない。

例えば小児愛者などがあるが、本質が全く違うのかもしれない。

100年後に同性愛はいて当然だ、だが小児愛者は弾圧すべきだ、という答えにたどり着いているのかもしれない。

…思考というのは少し言葉、方向性を誤るだけで別物になるものだ。

自身が否定的なものに、無自覚に陥っている可能性さえある。

それに、僕のこの懸念も、全ての差別、偏見が消えた場合の理想論ともいえる。

僕自身はそれらに対する差別、偏見はない(つもり、なだけで無自覚で伴っている可能性も大いにある)が、やはり多くで万栄している。

それらが消え、"分別"が出来ない現状としては、このように「こうあるべきだ」というものも致し方ないのかもしれない。

しかし、これらはほんの少し解釈、思考を誤れば著しい選民思想に陥る。

…僕が思っている何百倍も差別は横行している。

そのために多少行き過ぎたぐらいのことは仕方ないかもしれない。

逆にそれがまた偏見を助長させる要因にもなりえる。

自分の考えは誤っていないか、誤りとは何か、行き過ぎていないか、何故こうなのか…一概にこうだ!と断言するのではなく、話題になるたびにしっかりと認識を改め、確認していく作業が必要なことなのだろう。

本当に難しい。

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